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根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。
展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

作家便り「09年7月/楽虫」

「連載:古典根付師を想う 第二回 谷斎」楽虫/作家便り7月

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[画像出典/LOS ANGELES COUNTY MUSEUM OF ART Collections Onlineより]

根付を蒐集しているとだんだん目が肥え、より手の込んだもの、細密で技術の優れた
ものに目が移っていくのはごく当然のことです。しかし必然的にそのような根付は高
価で、そのせいかその題材は、誰に見せても恥ずかしくないような伝統的な物語や、
毛彫りの細かい動物ものなど、ある意味とっても「立派でお行儀の良いもの」ばかり
になりがちです。そのような時、根付とは高尚な物ばかりではなく面白い物なんだと
わからせてくれるのが谷斎の根付です。

私が谷斎をものすごく格好いいなと思うのは、例えばハチマキをして踊ってるタコな
んてふざけた物を、非常に高い技術で根付にしているからです。まるで仰々しい由来
のある格調高い根付を「てやんでぇ」と言って馬鹿にしているが如きで痛快です。

明治の人で尾崎紅葉の父だったという事で、数々の逸話が残っているのも根付師とし
ては珍しく、その人となりに親しみが湧きます。赤い羽織を着て幇間(太鼓もち)を
していて、「河豚は喰いたし命は惜しし」と江戸の諺にあるように、ご贔屓筋と一緒
に食った河豚に当たってあっけなく死んでしまった、という最後まで江戸っ子の見本
みたいな人です。数々の逸話は日本根付研究会の会報「根付の雫」にありますから、
興味のある方は是非読んでみて下さい。

谷斎は根付だけでなく色々な物を作っていますが、そのどれもに共通しているのが洒
脱なデザイン感覚です。感覚的にわかっていたのか、それともどこかでデザイン論を
修めたのかわかりませんが、ちょっと吃驚するような隙のないデザインがされていて、
彼の根付が一見するとシンプルに見えるのはそのせいです。彼の根付の凄さは、「飛
びぬけたユーモアのセンス」+「一級の彫刻の技」+「高度な絵心、デザインセンス」
の三つが組み合わされている所にあります。そのどれが欠けても成立しません。

彼は帯挟み根付をたくさん作っていますが、このへんも他の根付師と違うところです。
見向きもされなかった鹿角を主に用いて、鹿角の独特のテクスチャを生かした帯鋏み
根付を生み出しました。そういう、伝統的なやり方をもとに今までに無かった物を着
想し、作ってやろうという精神、工夫が素晴らしいと思います。

前回の豊昌もそうですが、谷斎も間違いなく巨人です。格調高い物もくだらない物も
どっちもたくさん作っている格好いい名人です。谷斎は根付を作る側に回ってみれば、
誰もが憧れる存在でしょう。

  1. 2009/07/23(木) 13:58:51|
  2. 楽虫(東京)

作家便り「09年6月/楽虫」

「連載:古典根付師を想う 第一回 豊昌」楽虫/作家便り6月

□楽虫さんにお願いをして、今回から数回にわたって、古典の根付師を一人ずつ挙げて、想うところを書いて頂くことになりました。楽虫さんには、12ヶ月連載で!!などと無理なお願いをしてしまいました。是非!お楽しみになさって下さいませ。何卒、宜しくお願い申し上げます。初回は、豊昌です。(花影抄・根津の根付屋/橋本)

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[画像出典/LOS ANGELES COUNTY MUSEUM OF ART Collections Onlineより]

豊昌という根付師がいます。

彼は、私を根付の世界に引きずり込んだ根付師です。
この「瓢箪龍」を「別冊太陽/印籠と根付」で初めて見た時の衝撃は、忘れられません。これを見た瞬間、私は自分で根付を作ろうと思いました。

根付の歴史が始まって以来、何百人根付師がいたのかわかりませんが、例えば細密であるとか、品があるとか、また面白い根付を作る根付師といえば複数思い浮かびますが、迫力がある根付、凄味まで感じるものとなれば、初代豊昌一人だけ抜きん出ています。
日本人が見ても個性が飛びぬけており、エキゾチックささえ感じる彼の根付は、当然の事ながら外国人にも絶大な人気があり、一個数千万円の値が付いています。

現代根付を見ると、綺麗なもの、細密なもの、可愛いもの、色々ありますが、この「迫力」「凄味」「格好良さ」の部分はすっぽりと抜け落ちていて、それはどうしてなのか?と考えていました。私は根付コレクターでもあるのですが、そういう物が欲しいと思ったら、古根付しか選択肢が無いのです。豊昌のような、黒々とした色付けのされた迫力のある物は殆ど見られません。無いので、自分で作ろうと思いました。

豊昌は安永二年(1774年)生まれで、八十四歳まで生きて、しかも七十代で、まだ一線で仕事をしていた事がわかっています。自分が入れる張りぼてのような物を作って、その中に入り、小さな窓から差す光で彫っていたとか、伝説めいた話も伝わっていますが、興味は尽きません。
残念なのは、どう頑張っても、彼の根付を自分の物には出来ないと言う事でしょうか。 (楽虫)
  1. 2009/06/20(土) 21:04:57|
  2. 楽虫(東京)

作家便り「09年3月/楽虫」

「馬」楽虫/作家便り3月

随分前の話ですが、一番始めに根付を自分でも彫ってみようと思い立った時、まず始めにどういう道具が必要なのか、色々と調べてみました。もちろん彫刻刀や黄楊などといった物は当然なんですが、根付師の写真や昔の絵を見ると、どれもこれも皆当て木のような物に座ってやっていたので、あまり深く考えず、そういうものかと思い自分でも作ってみました。

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「馬」



こういう形の台を通称「馬」と言うようです。出ている部分が馬の首みたいに見えるという事なんでしょうね。

ちょうどその頃隣の家が取り壊されて、廃材が目の前に山になっていたので、これ幸いとばかり少し拝借してきて作ってみたのが画像の物です。早速これに座ってやり始めました。確かに安定するし、具合が良いんですがしばらくやっていると足腰が痛くなってきて困りました。

ものの本を見ると、あるところの門下に入ると、彫る修行の前にこの台に何時間でも「座る」練習をさせられると書いてあり、成る程確かにこれに慣れなければずっと集中して彫るのは不可能だよなあと思って我慢しつつやってました。

そのうち後の私の師匠である駒田柳之先生の根付教室があるという情報を見ました。ある本で、駒田先生もこの「馬」に乗って彫っている姿で写真に写っており、やはりそういうものなんだな~と一人納得。

しかし・・・教室へ行くと、生徒は普通の椅子に腰掛け、テーブルに万力を付けて彫っていたのです。エ・・・いいの?(^。^;)

私はビックリして、先生にそれまでの自分の事を話し、「こんなふうにやっちゃっていいのですか?」と聞いてみました。先生は笑いながら「椅子に座ってやったほうが楽だよ。そもそも椅子なんて無かった時代から続いてきた形式なんだし、昔みたいにどこかの門下に
入って修行するなんて事もなくなってしまったし、作品さえ良ければいいわけだから、どんどん臨機応変にやりなさい」と仰いました。

・・・・その時の私は拍子抜けしたというか、大げさに言えば何かの呪縛が解けたような、そんな気分でした。考えてみれば当然の話で、何もそんな「座ってやる」事にこだわる必要は全く無かったわけですが、一人でやっていたので情報も少なく、肩に力が入りすぎ、「そうするものだ」と勝手に思いこんでいたんですね。今思い返しても馬鹿な話だと思いますが。

もうこの馬は使うことは無いですが、当時のことが思い出され、何となく捨てられないんですよね。

  1. 2009/03/26(木) 11:39:54|
  2. 楽虫(東京)

作家便り「09年2月/楽虫」

「ねぶたと根付」楽虫/作家便り2月

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楽虫です。
私は出身が青森です。
ご存じの通り、青森には、ねぶたという祭りがあります。
まだ小さかったとき、親に連れられて行ったねぶたの印象は、強烈に記憶に残っています。真っ暗な夜空に浮かぶ光り輝く巨大な武者、龍、鬼や魑魅魍魎、うねる波、雲は子供心に畏怖の念と、しかし日本人のDNAに訴えかける力というか、わけもわからず「なんて格好いいんだ!!」と思ったのを覚えています。
そういうわけで、ずっと私はねぶた師になりたかったんですよね。ちょうど小~中学生くらいの多感な時期に、鹿内一生、佐藤伝蔵、千葉作龍といったねぶた師の名人が重なった黄金時代にも当たりました。

根付師で言えば、懐玉齋、法実、正直や豊昌といった名人が同時期、一カ所にいて作品を発表したような時代があったんです。その頃のねぶたの格好良さといったら、とても言葉では言い表せません。その時期は、今振り返ってみても、自分の形成にはかりしれない影響を及ぼしています。私が龍や麒麟などが好きで、しかもそれを「面白く」「愛嬌があるように」ではなくひたすら「恐ろしげで、格好良く」作りたいというのは明らかにその頃の影響です。

またその小~中学生くらいの時に、格好いいねぶたの絵を真似してたくさん描いていました。その題材というのが、今思うと根付の題材と見事に同じなんですよね。歌舞伎、羅生門の鬼を筆頭とした妖怪達、中国の仙人や英雄、もう数え切れないくらい根付と同じ題材がありました。そういう絵をたくさん描いていたんですよね。

その後私は絵を描くほうが面白くなってそれを職業にしましたが・・・。

ですから、今はなんかぐるっと遠回りして故郷に戻ってきたような感があります。根付を知り、本で初めて見てもその時点でああ、これはあのねぶたの・・・と知っていた題材もかなり多かったんです。

多感な時期にねぶたの傑作を文字通り「体験」して、またそれで無意識に日本の題材に数多く触れていたという事は非常に大きかったと思います。私は根付を一言で表すと、「日本」だと思っています。それはねぶたと一緒です。日本人が日本の心を投影できるモノ、人々が求める姿、その象徴的な物が根付でありねぶただと思っています。

今私がやっていることは自分で全く違和感が無く、「こうしないといけない」とい事が無い。ただ子供の頃から感じていた事をそのまま投影すれば良い。そういう仕事に出会えた、そういう意味で、根付を知ったのはとても幸せな事です。もし根付に出会わなかったらどうなっていたか、などという事ももはや想像できないくらいです。

  1. 2009/02/21(土) 09:50:36|
  2. 楽虫(東京)

秋茄子は嫁に食わすな!

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根付「丸鼠」:美洲/緒締「茄子」:楽虫


お客様のご依頼で、美洲さんの丸鼠の根付につける緒締を楽虫さんが作りました。
茄子の緒締で、鼠が齧った跡が少しついています。
この組み合わせ、『秋茄子は嫁に食わすな』の語源と絡めた誂えになっているとのこと。
「よめ」は「夜目」と書き「ネズミ」を表し、ネズミに食べられないように注意しろ」という意味で、本来「秋茄子はネズミに喰わすな」であるともいわれているとか。
(花影抄・橋本)
  1. 2008/11/25(火) 11:48:43|
  2. 楽虫(東京)
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