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根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。
展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

作家便り2019年8月/「老根付師 徒然草 葉月」 齋藤美洲(埼玉)

梅雨、平年並みに明け、百日紅も一斉に爛漫。
忍び音の絶えぬ夏に季節は移る。
ただ、あと十日もすれば、暦は立秋。
虫の声を探しながら秋を待つ。八月二日記。

この一ヶ月は、様々なことが公私を問わずにあり、駆け抜けたという感じ。
中でも、長年親しかったグループの一人が逝った事。
同年故に哀情もひとしおで、只今人の世の無常を実感している最中。


 時代と環境
久々に、桜井英之氏と会食。
氏は本年78歳になるが、外出の際は一万歩以上を目安とする元気。
加えて思考も昔ながらで、年寄りじみてない。
親交五十年を越えた仲である故に会話は尽きず、もしここに次代を担う
若き根付師が同席していたならば、大いに参考となったであろう。

根付彫刻会発足以来、数々の新しい企画や展示会等の活動は、
二人での話合いの場から発案されたものが多く、
それを実現するために我々が会での説得を始め、
奔走したことも多かった。今や遠い昔話になったが、
現在の根付師の在り方を考える一助になるかも知れない。

その様な中、前回ブログに、若い根付師達に
根付について語り合う機会を設けなさいと書いたが、
我々の時代と現在では、環境がだいぶ違うことに気付かされた。
我々が他作家の作品を観て学ぶことが出来たのは、
象牙彫刻会のおかげであった。

私が入会したのは二十歳の頃であったが、作品を見せ合う会に始まり、
毎年の象牙彫刻会展において、自分と先輩たちとの技術差を痛感したものだ。
なにせ明治生まれの先生方も多く、象牙彫刻全盛期を経た作品には、
学ぶというより、自分には出来るのであろうかとショックさえ受けた。
初代美洲を知る先生方に優しく接して頂きながら伺った話は大変参考になった。

一例を挙げれば、人物を先生方に見せた場合。
「この着物の素材は木綿?絹?それとも麻?」等と問われ、
町娘と芸者を例にとって、綿と絹のプロポーションの差、
袖や腰から下のシワの違いを教えてくれた。
和装を町中で見かけなくなった今日では、こんな事を意識する人はいるだろうか?

私たち当時20代の作家にとって、諸先輩はその作品、その会話が
全て宝の山と思えるほどで、その後の修業のための教科書となった。
この時代と環境の差を変えるのは不可能であるが、
若い人にはひたすらエールを送り続けたい。


 年寄りにも修業
二月、75歳の個展を終え、一息ついたところで、私の古典理解を探る為、
オマージュとして、尊敬する何人かの作風を試みてみた。
20代の頃、古典のコピーで根付の基本を学んだ時の様な
ワクワクした気持ちで楽しんだ。

五月に入る頃から、その興奮が薄れてきた。
制作中、脳内に、昔掌中で観た名品が浮び上り、オマージュ故に
自分のオリジナル性を加えた作品という自負に疑問符が現れた。
我が技量では脳内に焼き付いた名品には及びもつかない事、
我が楽しみは自分のオリジナル性ではないのかという事、
老い故の発想の欠如からの逃避ではないか等々、思い悩み、
多少鬱になった。こうなると毎日が虚しくなる。

そこから抜け出すことが出来たのは、親友が与えてくれた
中島敦(皆さん知らないと思うけど)の本のおかげである。
中国古典を主題にして、自分の思想を語ったのが特長である作品が多い。
その古典は私が若い頃熟読したものであり、青春時代の気分に帰らせてくれた。
お陰様で心が晴れ、次なる課題に向かうことが出来た。
オマージュ作品を作る事は、古典を如何に理解し、
その中から自分を探り、発見する事だと。
オマージュ作りはその意味で無駄ではなく、
与えられた私の修業だったとの思いに至らせてくれた。
親友に感謝!!

次に何をと考えていたところ、40歳の自分の作品を試作にした。
依頼されていたが、気が重くなる仕事だった。
これまた、修業と作り始めた。
この時代の根付は大ぶりな作が好まれ、材料も象牙であったが、
今回は現在許されている材を使用した。
鹿角、カバ等制約のある材は同じ形にはならないが、古典オマージュ同様、
作品の持つ雰囲気と造作と技量を保つべく、仕事場に居る。
オマージュと違い解放感が心地良いが、外は燦々たる陽射し、陽射し!!

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  1. 2019/08/17(土) 19:09:14|
  2. 齋藤美洲(埼玉)