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根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。
展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

作家便り2018年6月 齋藤美洲

 老根付師徒然草    水無月

 雨ひたすらに紫陽花に降りそそぎ、梅雨さなか鬱々として日が暮れる。
上田秋成の雨月物語など読み楽しむに最適な季節・・・。この様な書き出しが若い人に如何に古臭く感じられるのかは、私自身も良く解っている。
 IT普及を境にする時代差だろう。時代々々の流行は変わるものだし、価値観も変わるのは当然のことで、それを理解しなければ年寄といえども昨今にはついていけないことは身に沁みている。
 若い人の思考回路は年寄と違うのも良く解るが、根付作品を観て何かの差異があることが気になっていた。根付論、技術論に基いたものではない。作品から受ける印象である。根付になっているし技術的にも良く出来ているが、何故かゾクッと来るものがない。

 佐野藍氏との会話
 前述の解答を考えているとき、佐野藍彫刻展(Gallery花影抄)を観た。
石彫は私の憧れの一つであり、彼女の個性ある作品を楽しんだ。会話中、モチーフは子供の頃母上に見せられた古代オリエント彫刻に由来すると聞いた。以来、脳裏にそのインプレッション(感動を持った印象)を温めてきたと知る。道理でアイディアはオリエントからだが、彼女のオリジナルとなっている故の魅力がある。
 これが与えられた解答であった。推敲の故事があるが、作品を「ああしようか?こうしようか?」とアイディアを廻らすことによって練磨され、よりオリジナリティが高まるということか。
 我々の時代はモチーフの資料は書籍からで、より良き本を捜し出すのにも運不運が分かれた。良き資料を得た者が勝ちであった。それを求めている間にもモチーフへの興味と推敲が増したと思われる。資料を得た感動は大きい。
 今はクリックひとつで知識も画像も得られる故に、インプレッションも推敲も浅くなるのかもしれない。
 以上、愚考するが、反論を期待。

 老根付師の推敲
 只今、「鳥獣戯画的豊年踊り」を連作中であるが、一作品の制作が一段落すると、反省と次作はどうあるべきかと推敲する。
 未完であるが例をお見せする。動物は違うが、トルソー部分に違う表現を試みた。

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 写真では詳細がよく見えないのはお許し願う。両作品のトルソの全体はデフォルメしているが、「兎」は骨格を意識してからの肉付けはアカデミックな写実に重きを置いた。私の最高のトルソと尊敬するキュレネのビーナス等も参考資料となった。「狐」は兎を観ていてその表現とは違ったものはないかと探した。結果、骨格意識は同じだが肉付けをシンプルにして浮世絵的に筋肉を強調しないようにした。
 この二点、どちらが良いかは見る人の判断であるが、出来た仕事を観てより理想的なものを捜すのが私の推敲で、創作方法の一つである。
 創りたいモチーフに対して、画像のみを見て作ったものはコピーであり、創りたいものに如何なるインプレッションを持ったのかを自問し、脳内に理想を作り上げてから表現したものが作品と思う。

 ジジイの放談でした。
  1. 2018/06/26(火) 20:46:02|
  2. 齋藤美洲(埼玉)