根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。
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作家便り2018年6月 齋藤美洲

老根付師の徒然草   巻之壱

古人の曰く、「人生は 破れ扉の隙間に 白馬が走り去る」が如しと有る。
その言を噛み締めつつ、私も後期高齢者の仲間入り。「これからどう生きて行くの?」
「断捨離やってます?」「終活はやってます?」等々の質問や会話で、遊ぼうと人に
年齢を告げても、「あっそう、それが何?」との反応ばかり。意外性大なる気抜け。
まだまだ、普通人と教えられました。

考えてみれば、私の存在証明は根付彫刻の行動の中にあり、現在もそれを楽しんでいる
事実に対して、与えられた人生と感謝すべきだろう。
これからの私の生きる楽しみは、子供の頃より根付の魅力に取りつかれて以来様々な
試みを表現してきたが、その本質の美意識を探ることだろう。それが今だに鮮明でない故に面白い。

その一例
只今、鳥獣戯画的に擬人化した動物を躍らせて、私自身を探っている。
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生きている喜びを表せられたらとのテーマだ。
制作プロセスを写真に撮るのも習慣付けたいとも思っている。
その中の一つに面白い意見が聞けた。見る人に根付と言わずに感想を求めると、
必ず大きな作品として見て意見を言う。心の中で“ニヤリ”とする気分だ。

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私の考える根付定理の一つとして、根付は造形彫刻であるが故に他の彫刻作品同様、
大小問わずに質量感が必要だ。根付にも質量感あるオブジェ性が備わっていれば、
写真背景が同じであれば、作品の大小は見る人の感情移入によるところとなる。
江戸期の根付でも、質量感の備わっている作品は技術以上に名品であると評価され、
根付であることも忘れさせる造形美がある。
自分の作品も、手のひら以外から観察すると意外な収穫があるものだ。
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背負う子に教えられ
私たちの仕事は一日中室内で会話も少ない毎日であり、好きな作業とはいえストレスがたまる。
すると閃き的な発想は生まれない。解消には老若問わず仕事を忘れる趣味を持つことが必要。
私は久しく釣りをやめていた故、近頃ストレスが激しかった。
孫に誘われボーリングに行ったところ、ハマった。釣りの様に時間も要せず手軽で、仕事を忘れ
させてくれる。ただ、初心者故に人の目が恥ずかしいが、これも修業。上手な人がいたら教えてください。

孫に感謝。

老根付師、ボケ防止の為、ブログを続けようと思います。つまらなくても失礼。
  1. 2018/06/07(木) 10:27:31|
  2. 齋藤美洲(埼玉)