根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

作家便り2017年8月 齋藤美洲

 「20代頃の追想」

 梅雨が明ける前に百日紅(さるすべり)が咲いた。この花が、色褪せる時まで、今夏は長いと覚悟しなければならない。
 池波正太郎、鬼平犯科帳の一文に、梅雨が明け、外仕事の多い江戸の庶民は、晴れ晴れとした夏空を見上げ鬱陶しさから解放されて喜ぶ。十日もすれば、ぐったりと暑さに文句を云うくせに・・・とある。今年は・・・・ゾッ!!
 
啓上 残暑御見舞

 前回、試みた仕事で遊んでいると、心に変化が現れたと書いたが、それは私が美洲銘を彫るまでの若い時の変化と同じ事に気が付いた。55年も前の話だ。この半年、若い時にタイムスリップした如く、気持もその時代の気概に成れた事は、思わぬ収穫だった。
 蛇足ながら、当時を語ると、前回の東京オリンピックの開催された頃の御話。(フルクサ!!)
 18歳で、象牙彫刻根付を学ぼうと、父の工房に入る。出勤する職人さんと、出入りの人で、賑やかであった。
 子供の頃より、父の手伝いをしていた故、初めての仕事も、一人で仕上げられる過程も知っていた。
 美大の夜間部には彫刻科がなかったので、夜間は太平洋美術学校で彫塑を学んだが、その時期に読んだ美術書、展覧会、先輩や仲間達の討論等々が、今の私の血肉になっていると感じる。また、その時期は、抽象表現が全盛で、テクニックより、本質の追求を旨としていて、現在の技巧第一主義とは180度差である。

 当時の根付界は、キンゼイ御夫妻来日までは、全体像が見られる横のつながりがなく、よくわからなかった。ただ、象牙、骨董の業界内で動いていた。象牙彫刻会ができ、諸先輩からの教えで象牙根付が、骨董(古典)と似て非なるものと知る。象牙彫刻は明治以来の伝統基本として写実と技術に重きを置く。よって、根付の用の美は二の次にされていたと感じた。父の友人の骨董商が見せてくれた古典根付から吸収していた「これが根付」だという基本感があったためかも知れない。ただ、古典的表現で象牙商社に持参しても初めは下手扱いされた。象牙界に通用するのは数年後、洋書の根付本からのコピー注文が多くなってきてからだった。
 幸いなことに、私が仕事場に座した時に、外人の根付骨董商と出会った。彼は古典根付を貸してくれ、そのコピーを制作する事、十年になった。数えれば数百からそれ以上であろう。加えて、古典からの意匠を、私のアイディアで創るのもよしとされた。これが、私のオリジナリティ重視の原点にもなっている。
 父より受け継いだ職人さんたちに渡す荒彫の数も、今の人には考えられないほどの数に及ぶだろう。輸出用といっても中級品に属している故、やっつけ仕事ではない。そのため素材からいかに早く仕上りの姿を発見するのかが、無駄な時を費やさない勝負どころであった。これは立体造形クロッキーといっても良いかも知れない。現在、鹿角など「形の制約がある素材」から意匠を発見するのに役立っているのは言うまでもない。

 この様な若い日の思いをたどりながら遊んでみたが、作り手の心は変化する事を実感した。
 この様な仕事は、向上心を抑え、満足感を得られぬことと気が付いた。今回の連作の中で、やり初めの作品と後ではかける時間が違ってきた。もっと小刀を入れればよくなると思う気持ちが強くなってくる。それによって満足感を強くするのが本来の姿との感が強くなった。
 中村雅俊師の唯一の教え“満足するまでやる事”。昨日言われた様な気がしている。
 そして現在は、ジャスト、キンゼイ御夫妻より始まる現代根付運動といわれた時代の精神に立ち返っている。約五十年前の私と今では違う。今、私は老根付師。されど同じ精神と思考で、なにを創作するかは、私自身でも楽しみなことと期待している。

  平成二十九年 葉月 齋藤美洲 

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  1. 2017/08/09(水) 07:41:53|
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