根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

齋藤美洲展「NETSUKEISM」展覧会内容

齋藤美洲展 NETSUKEISM 〜制約の中の自由〜
2013.5.7(tue)〜5.12(sun)
銀座・ミーツ・ギャラリーにて開催中です。

展覧会内容紹介

齋藤美洲は、掌に納まるほどの根付彫刻の中に、大きな彫刻と何ら変わりのない造形の理を探求してきた。
その五十年にわたる志は、三十年前に出版された著書「根付彫刻のすすめ」の冒頭の挨拶にも見て取れます。
今回の展示は、長年繰り返されてきた、その飽くなき探求の経過報告のようなものです。 

以下は、齋藤美洲著『根付彫刻のすすめ』(日貿出版社)より

空間それ自体は無であり、我々にはそれを実感することはできない。三次元の造形は、存在することによって、その空間を感じさせ、確認させてくれる。身近な例で言えば、何もない部屋の空間はとらえどころがないが、家具などを配置するとその大きさが具体的になって明確になる。

野外になにかオブジェを置いてもよい。それを強調した空間が強調されるだろう。
さらに広げていけば、中近東の広大な砂漠と大空を背景にしてそびえ立つ巨大な寺院がある。
この人力をあざ笑う広大な空間に、砂漠の民はなんと見事にマッチしたオブジェをうち立て、
その冷酷な世界を親しいものにしたのだろう。

我々をとりまく世界には、マクロの宇宙からミクロの分子まで、自然の手になる美しい造形が数限りなくあふれている。科学の恩恵で今日の我々は、地球自体を外側から見ることができるし、電子顕微鏡で物質の結晶体や分子構造まで目にすることができる。

人の手による造形美術はどうだろう。
大きいものは、地上にあって視野が届く限り、際限がないといえる。
建造物も美的芸術要素を備えていれば造形美術に入る。その高さを極めれば、まさにバベルの塔である。
一方、小さなものに目を向ければ、ここには歴然とした限度があると思われる。
なぜなら、裸眼の及ばないところで造形美術が成立することはないと考えるからである。
天眼鏡で細工を見せる作品もあることにはあるが、そこまでいくと造形美術とは領域を異にすると思わざるを得ない。
長い間、多くのミニチュア彫刻作品を折に触れ見てきたが、そこから得た確信は、
手の平で包める程度が、小さい造形美術の限度であるということだった。
この大きさが、立体の構成やアウトラインの流れ、量感に作家が自らの表現をこめるのに絶対に必要なのである。これより小さくては、技量のみ先行するばかりで、造形作家が本来意図する内面的表現、芸術的心情をそこにくみ取ることは、はなはだ困難になる。

世界には根付のようなミニチュア彫刻作品が数多くあり、それぞれ伝統を伝えている。
だが造形力、構成力、表現力等、芸術性の豊かさでは、日本の生み出した根付に勝るものはないといえる。
実用品として生まれ、諸外国の影響を絶った鎖国下の江戸時代に工芸品として完成され愛好された根付は、まじり気のない日本人の感性の結晶である。
しかも造形美術品としての完成度の高さは、開国後、外国人の蒐集家が先を争って持ち去った事実にも表われている。決して実用を離れたことがなかった小さな根付が、世界に認められ、しかも大きな彫刻美術品に劣らぬ造形的表現を持ったことは驚異である。
手の平で握られる程の大きさの中に、作者の心情、思想、美意識、造形観等、芸術を芸術たらしめる要素が豊かに混入している。まさに根付は、手の平の上に創り出された宇宙ではないだろうか。そして、これを生み出す者自身、その過程でその中に新たな自分自身を発見するのである

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  1. 2013/05/09(木) 21:20:49|
  2. 齋藤美洲(埼玉)