
ある朝早く、目が覚めると泣いていた、ということがありました。流れ落ちるというのではなく涙は目の周りをしっとりと濡らしていて、わずかに感じられた曖昧な悲しみとも寂しさともつかない感情は、打ち寄せた波がすっと砂に染み込むようにすぐに何処かに無くなってしまったのです。ただ、その名残のようなものは僕の周りに振動となって漂っていたように思います。
細く開けてあった雨戸の隙間からは夜が明けたばかりの薄青い光が入り込んでいました。なぜ泣いているのか?夢を見ていた感触もなく、ぼんやりとした余韻だけがそこに取り残されていてポカンと変な気分です。まだ5時前でしたが目の周りの涙を指で確かめつつ起きあがり、洗濯を始める事にました。もう少し眠っていてもよかったのですが、なにかそうする他なかったのです。
僕は夢をよく見ます。色々な夢を見ます。夢の中で号泣して,泣きながら目を覚ますというのも何回かあります。一般的に夢は、その殆どを目覚めたと同時に忘れてしまうということらしいので、多分この朝も何か夢を見ていたのかもしれません。
しかし、もととなる何かが何処かに消えてしまった感情とはどういうものでしょうか?
普通、感情とはそれを引き起こす何らかの原因があって、それに直面している時や、後で思い出す時におまけのようにくっついてきてしまうもののように僕には思えます。面白い事があって笑うのであって、何も無いのに笑えないでしょう?思い出し笑いというのも他人からは訳が分からなくて不気味に見えますが、本人は頭の中でちゃんと笑える原因を思い出しているのです。
この朝、仄かに手元に残った感情は、夢の消滅とともに、宙ぶらりんで後立てが無くなってしまいました。その為か、悲しみや寂しさといった言葉で表される以外の別のもの、なかなか遭遇出来ない僕にはとても稀有で純粋な何かだったように感じられてなりません。
ただ、過ぎ去った気持ちを思い出すことは、ましてや夢によって引き起こされたであろう小さな感情をなぞることなど、風の中で砂でできた欠けらを必死に拾い集めるように取り留めがないことです。それはすでに意識の砂嵐の向こうにぼんやりと薄らいで消えてしまいそうなのですから。
2012.11月 森栄二
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- 2012/11/30(金) 20:28:27|
- 森栄二(葉山)
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