根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

作家便り「16年8月/泉水(東京) 」

真夏の台風と寝苦しい夜にオリンピック・パラリンピック。

いかがお過ごしでしょうか。

オリンピックを見ているとロンドンから4年もたった事に驚き、その間自分が何を
してきたのかと思うと、時の経つのがあまりにも早く、気が狂いそうになります。

4年ごとのオリンピックは自分を見返す機会を与えてくれるイベントでもあるかもしれません。

そこで、東京オリンピックまでの4年間を後悔の無いよう、自分を成長させるべく、先ずは
過去4年間くらいに制作した作品を見返し、再制作してみる事にしました。

過去作品を作る事は色々な勉強にもなります。

制作当時拘っていたものが見えて来たり、その拘りのせいで疎かになっているものが見えて来たり。。。

何よりも、何を作ろうか、どうしようか??と考えている事より、手を動かす事の重要性を
再認識できます。 リバイバル制作であっても手を動かしていると新しい発想が生まれて
来たり、やりたい事が見つかったりするものです。

今手掛けているのは、2013年の個展で展開した、歌舞伎シリーズのリバイバルです。

モチーフを変えたりはしていますが、これはもう一度作ってみたいと思う題材に対しては
合計3つ位作っていきたいと思っています。どの様な変化があるか、少し楽しみでもあります。

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写真は「泉水屋あげ巻」 前回は白狐でしたが、今回はウーパールーパーで。

泉水

※そんな泉水の作品はこちらからご覧になれます!
  1. 2016/08/24(水) 12:08:51|
  2. 泉水/北澤いずみ(東京)

展覧会終了ご挨拶  泉水

「変わる東京 変わらぬ江戸」を終えて
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無事に展覧会を終えられた事に、ギャラリーのスタッフの皆様をはじめ、
ご来場いただいたみなさま、WEBやSNSでご覧になってくださった皆様に
心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

今回のテーマである、「変化」ですが、江戸時代自体が265年もの間続いた事を
思うと、一口に江戸とするのは乱暴であるとも思います。
しかし、近現代の変化の速さを思うとそれに比べ、江戸時代はゆったりとした
流れの中の変化であったのではないかと想像します。

平成の今、昭和の時代のものを「古臭い」と感じたり、「懐かしい」と感じたりするのも、
私たちが(当り前ではありますが)今、ここに生きているからであり、150年経ってしま
えば昭和も平成も一緒くたに語られるのでしょう。

メディア、世界情勢、流行り廃りのある文化、目まぐるしく変わる世の中。
おそらく遠い未来には、凡庸な、日常に見る殆どのものが変化し、忘れ去られていくで
あろう事を思うとなんだか少しさびしく思います。

もしかしたら、広重も、後世に伝わらないであろう、残っていかないであろうちっぽけな
風景や風物詩を絵にして残したかったのではないか、と感じました。

私も、愛され、残って行くものを作りたいと思います。   

泉水


「熊本被災動物への義援金について」

展覧会の片隅にて販売しておりました“熊の鉢”への皆さまのご協力に大変感謝いたします。
総計は27,285円となりました。売上金+少しを熊本市動物愛護センターの支援窓口、
熊本動物愛護推進協議会に泉水が代表して送金致しました。

ありがとうございました。 泉水+gallery花影抄
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  1. 2016/07/06(水) 17:56:55|
  2. 泉水/北澤いずみ(東京)

泉水 陶展「変わる東京 変わらぬ江戸」出品作品

泉水 陶展 「変わる東京 変わらぬ江戸」
2016/6/25(土)~7/3(日)
※6月27日(月)休廊
13:00〜19:00(最終日は18:00迄)

■作家の言葉 泉水 IZUMI

1964年のオリンピックで東京の街はそれまでの様相から一変した。
中心部の川には蓋がされて高速道路が通り、海の上に街が出来、木造建築は壊されて高層ビルに変貌した。
2020年のオリンピックに向けて東京はまた、大きく変わろうとしている。
150年前の江戸の地図を見て、地形や大きな道路が変わっていない事に、なんとなくホッとしたりするのはなぜだろうか、と思う。
今、刻々と変化する東京に私が追い付いていないからなのだろうか。。。150年後の東京はどんなだろう。
そんな事を考えながら、広重の「名所江戸百景」を見ていたら、
彼の残したかった江戸の風景が、とても鮮やかに目の前に広がって見えた。
メディアの発達で150年後の人々が今の東京を鮮やかに感じる事はもっと簡単だろうと思う。
それでも、変わるものと変わらないもの、変わってしまうものと変えたくないもの、
私が残したり、大切にしたいものってなんだろう?
今回の「変わる東京 変わらぬ江戸」は、そのような所から発想して広がった。
江戸の、東京の、過去現在未来に思いを馳せながら。


1 名所江戸百景 「名所江戸百景と祈り」
安政元年の大地震は駿河湾から遠州灘一帯を震源とするM8の東海地震がら始まり、
翌日紀伊半島沖一帯を震源とするN8の南海地震、大津波。
翌年M7の江戸での大地震。
広重が「江戸百」に取り掛かったのは江戸の大地震から約三か月後の事であった。
「江戸百」の作成動機はこの大地震による江戸の崩壊に合ったのではないかという説がある。
その事を念頭に「江戸百」を改めて見てみると、またちがう趣を感じる。
広重は江戸の定火消の家に生まれ家督を継ぎ、その後浮世絵師となった。
それらを踏まえ、火消の広重自身(白象)に鯰を抑え込んでもらいました。
江戸と東京の安泰を祈りながら。
(泉水)
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「名所江戸百景と祈り」 陶根付 



2  亀戸天神境内 「亀の天神さま」
亀戸天神は1646年太宰府天満宮の神主大鳥居信祐が、
悪夢を得て菅原道真像を神木の「飛梅」で彫り、
江戸に下り亀戸村に小祠を建てたのがはじまりという。
太鼓橋も心字池も藤の花も昔の様相を留めている。
現在、心字池には合格祈願のお礼として参拝者が放流したたくさんの亀がいる。
(泉水)
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「亀の天神さま」 陶根付 



3  墨田河橋場の渡かわら竈 「今戸焼」
今戸竈では瓦や神社の縁起物が焼かれた。
現在は一軒をのこし、護岸工事によって公園に変えられ、
対岸には高速道路が走り、ビルが建ち並ぶ。
こちらは今戸の招き猫を作る猫になった私です。
(泉水)
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「今戸竃」 陶根付


4 王子装束ゑの木大晦日の狐火 「狐の行列」
王子稲荷の近くに装束榎と呼ばれる大木がある。
大晦日の夜、関八州の狐がこの木の下に集まり、高く跳んだ順に官位を授かり、
命婦装束を着て王子稲荷社に参拝した、という伝説を広重は絵にしている。
この榎はもう無いが、王子では、平成5年からこの伝承を元に大晦日に狐に
扮し関東稲荷総社である王子稲荷社に初詣を行い、
王子の一大行事「狐の行列」となっている。
こちらは人々が行う狐の行列に混ざる本物の狐。
(泉水)
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「狐の行列」 陶根付 



5 日本橋江戸ばし 「初鰹」
日本橋を中心に江戸の町は広がり、幕末には経済の中心地となった。
江戸橋と日本橋の間の北岸には1日千両の商いが行われた魚河岸があった。
「女房を質に入れても初鰹」とうたわれた大好物を手に入れたのは、
女に化けた猫。
(泉水)
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「初鰹」 陶根付 



6  高輪うしまち「江戸 東京 わんこ」
浮世絵の高輪は海が広がるだけの殺風景な場所に大八車にスイカの皮、
虹と愛らしい子犬を描き、日常の風景を豊かに描いている。
江戸も東京も子犬の愛らしさは変わらない。
(泉水)
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「江戸東京わんこ」 陶根付 



7 堀切の花菖蒲 「見かえる美人」
向島は分流が多く、海抜0メートル地帯の湿地帯は花菖蒲の育成に好条件だった。
堀切での栽培は文化年間(1804~18)土地の百姓伊左衛門により始められ、
評判になり様々な新種を生み出し江戸随一の菖蒲園を作った。
こちらは花菖蒲を摘む美人の着物の花菖蒲の絵にとまるトンボを狙うカエル。
(泉水)
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「見かえる美人」 陶根付 



8  両ごく回向院元柳橋  「柳橋、つる八」
柳橋は江戸中期からある花街。
1999年まで柳橋花柳界は存続しており、今もその面影を残しています。
「柳の下のドジョウ」より、ドジョウに三味線を弾いてもらっています。
つる八の名は成瀬巳喜男の映画より。
(泉水)
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「柳橋、つる八」 陶根付 


9  永代橋佃しま「春告げ」
佃島は、摂津国西成郡佃村から幕府に呼び寄せられた漁民が住み着いた島で、
漁民たちは白魚を捕って将軍家に献上した。
白魚と桜草が隅田川の名物早春に、尾久あたりまで屋形船をくりだして溯り、
白魚を漁り、岸に着けて桜草を摘んで紅白にして土産にした。

江戸名所花暦より
『花のころはこの原、一面の朱に染むごとくにして、
朝日の水に映ずるがごとし。またこの川に登り来る
白魚をとるに、船にて網を引き、あるひは岸通りにて
すくひ網をもつて、人々きそひてこれをすなどる。
桜草』赤きに白魚を添へて、紅白の土産[いえづと]
なりと、遊客いと興じて携へかへるなり。』
春を告げるウグイスに、早春のお土産を持ってもらいました。
(泉水)
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「春告げ」 陶根付 



10  芝愛宕山 「毘沙門のおつかい」
強飯式の神事で毘沙門の使いが、山盛りの飯を食べろと強いる。
無病息災や家運長久の運を授かるといわれていた。
愛宕神社では現在は行われていないが、
日光の輪王寺等に修験道の儀式として今も伝えられている。
こちらでは山盛りのご飯を少し食べてしまった雀がおつかい。
(泉水)
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「毘沙門天のおつかい」 陶根付・緒締 



11 両国花火 「らいでんためえもん」
両国の花火は1733年将軍吉宗が、
前年の飢饉などによる死者の慰霊と悪霊退散を祈って行った水神祭に始まるといわれる。
雷電爲右エ門は江戸時代に大相撲史上未曾有の最強力士と称された。
こちらでは水神祭に因んで、泳ぎの上手なカエルに悪霊退散を託し、
強い「らいでん」となってもらいました。
(泉水)
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「らいでんためえもん」 陶根付 



12  水道橋駿河台 「鯉に憧れ」
浮世絵では、神田台から駿河台の武家屋敷を俯瞰する。
端午の節句に屋敷では鍾馗の幟、吹き流し、旗印が飾られている。
町家では鯉が龍門の滝を昇ると龍となったとの伝承から
「立身出世」の願いにより、鯉のぼりが多く飾られた。
こちらはフナで、鯉のぼりに憧れ、立身出世を願って菖蒲酒をいただいています。
(泉水)
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「鯉に憧れ」 陶根付 


13  猿わか町よるの景 「芝居のかえり」
日本橋界隈、葺屋町、木挽町などで営業していた芝居小屋が、
1841年の火災を機に浅草北東部に集められ、
江戸歌舞伎の創始者猿若勘三郎に因んで猿若町と名付けられた。
浮世絵では芝居が跳ねた後の夜景。
こちらは猿が(猿?)芝居を観劇した後に小屋の若男衆におくられる様子。
(泉水)
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「芝居のかえり」 陶根付 



14 神田明神曙之景 「2016年のお参り」
神田明神は江戸総鎮守で、大己貴命(大国主命)と平将門の二神を祀っている。
浮世絵では日の出と共に始まる朝のお清めの作業の静けさを描いている。
2016年現在の神田明神にお参りに行くと大分様相が違っている。
人気のマンガアニメとのコラボレーションによる効果で、
休日にはたくさんの若者が訪れている。
礼儀正しく参拝する姿は、江戸も東京も同じ様。
(泉水)

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「2016年のお参り」 陶根付 



15  廓中東雲  「廓ちゅう東雲に見送る(真似ゑ門と共に)」
浮世絵には、吉原で一夜を過ごした客が東雲が上がる直前に、
遊女に見送られるところが描かれる。
こちらで見送るのはネズミ(廓チューなので)の遊女と一夜を覗いていた真似ゑ門。
(泉水)

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「廓ちゅう東雲に見送る(真似ゑ門と共に)」 陶根付 


展覧会場では、元になった浮世絵の資料や、江戸東京の風景が描かれた蕎麦猪口と一緒に、
陶根付の数々が並んでいます。是非、会場にも足をお運びください。

※お問い合わせは、Gallery花影抄 03-3827-1323 netsukeya@hanakagesho.com まで。
  1. 2016/06/30(木) 21:40:57|
  2. 泉水/北澤いずみ(東京)

作家便り「16年6月/泉水(東京) 」

展覧会が近づいて参りました。

昨年は広重の「東海道五十三次」をテーマにさせていただきましたが、
今年も広重から「名所江戸百景」を参考にさせていただきます。

江戸百景は大胆な構図や、どうやって描いたのかしら?と思うような俯瞰図、
大袈裟な遠近法が魅力的な作品連で、とても好きなのですが、風景画ですので
登場人物や登場動物は少ないです。また、よく語られているように、江戸の名所
としては地味な場所も多く、根付のモチーフにする事はなかなか難しいものでした。

そこで、現地に行って何か探そうと言うことになり、暇な時に江戸百巡りをしていました。
神社等では「ここ!」と、感心するほど雰囲気を留ており、片手に持った画集と見比べ、
楽しくなりました。全く面影のない場所も多々あり、それはそれで想像力を掻き立てられ、
石ころや大木はかつての物かも知れない等と思えば色々と感じ入るものがありました。

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↑こちらは江戸百景ではありませんが、広重の柳橋…

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と、現在の柳橋。

そうしているうちに、味気なく思えていたコンクリートジャングルも、各々が主張しすぎる
余りにどれも目立たない看板たちも、100年、200年後には失われている物たちなのかも
しれない、と思うと少しばかり愛しく思えたりするのでした。

物を作る者としては、様々に変わっていく環境や人々の中でも、大事にされ、愛され、
残って行く物を作りたい、と、心から思います。

泉水
  1. 2016/06/11(土) 12:06:36|
  2. 泉水/北澤いずみ(東京)

作家便り「16年2月/泉水(東京) 」

6月の個展の題材探しに、片手に図録、片手にスマホでぽちりぽちりと広重の名所江戸百景巡り
をしています。先日は夜の虎ノ門界隈を。

113景 「虎ノ門外あふひ坂」あふひ坂と読んで、「逢う日坂」だと思い込み、素敵に妄想していた
江戸の情景は、現地へ行って、激しく往来する車の騒音と特許庁の冷たいビルに一掃されて
しまいました。描かれている濠は埋め立てられ、多少の勾配はあるものの、坂らしい景色はなく、
夜空に描かれたお星さまとお月様はビル群の窓明かりと車のヘッドライトに取って変わられていた
のでした。それもまた、キレイではあるのだけれど。。。
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少し南に行って112景「愛宕下藪小路」描かれているのは雪景色のお屋敷、真福寺山門、桜川。
真福寺の赤い山門は見当たらず、今はビルのお寺になっています。桜川もお屋敷も今はありません。
素敵な佇まいのお蕎麦やさんがあったので、「藪そば」?!とおもいきや、違っていてなんとなくしょんぼり。。。
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さらに南へ下りて、この日の最終目的地、愛宕神社到着。21景「芝愛宕山」。描かれているのは
愛宕神社ではもう行われていない、強飯式の神事(毘沙門の使いが山盛りの飯を食べろと強いる
儀式)ですが、赤い楼門と、景色こそ変われど江戸(東京)の町並みが見渡せる事は変わっていません。
男坂と呼ばれる急な階段も、その脇の銀杏の樹も、町の変貌の歴史を見てきたのだろうな。と、
東京タワーがよく見える境内でしみじみと感じたのでした。
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ところで後から知ったのですが、「あふひ」は「葵」のことでした(笑)。
やっぱり三つ葉葵と関係があるのかしら?

泉水
  1. 2016/02/20(土) 16:00:08|
  2. 泉水/北澤いずみ(東京)
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