FC2ブログ

根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。
展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

作家便り「2018年12月/齋藤美洲(埼玉)」

老根付師 徒然草  師走
初冬の幻影

bishu_blog1811_1.jpg

午前の仕事場、南にあたる壁を見ると、写真の様に、書の額と墨絵が
並んでいる様であった。書は本物。他は何かと考えてしまったが、
北側の開けた窓から何かを反射して、植木の影を映し出していると気が付いた。
反射物を探したが見つからない。隣家の壁ではない。15分ほどで消滅したが、
次の日は現れない。不思議な事だと思っていると数日して現れた。
光源は隣家の車で、駐車位置での偶然だった。良い作品に見惚れる時、
作家意図を発見出来た想いがした。

bishu_blog1811_2.jpg


時の流れ
「五十年後」。コナン・ドイルの短編小説。恋人と結婚の為、出稼ぎに出るも、
事故の為、記憶喪失。外地で成功するが、50年後突然に記憶が戻り、故郷に
急行すると、時を経た昔のままの家に、老嬢が椅子にもたれ、彼を待っていた。
高校時代、これを読んで、人生と時の流れにロマンを感じたものであった。

35年前の私の薄れていた記憶を鮮明にさせられる事が起きた。
「根付彫刻のすすめ」の復刻増補版の12月出版であった。急な話ゆえに慌ただしい日々の中、
初版を熟読したが、根付彫刻の基本理念、理論に一毫の変化もないことに我ながら驚く。
この時期の私でさえ確信的な論を持ち得たのだから、今の若い作家に対しての考えを
改めなければとつくづく思い、「後生畏るべし」の語を胸に刻む。

初版に加えて、50点ほどの、ここ十年間の近作を掲載出来たのは、時の流れの中、
根付についての理論は不変であるが、美意識、感性、感動等、歳を重ねての
表現変化を見せられたのは、私にとっても好機であった。

ひたすらに、根付彫刻に興味を持った人々に、作る楽しさと創造する喜びを持つ
ための一助となる事を願った毎日だった。
この間、60年前に同じ教室で学んだ人と会う約束があったが、流れてしまった。
老根付師の話と歳月は長いこと!オソマツm(_ _)m


鹿角という素材 2
bishu_blog1811_3.jpg

bishu_blog1811_5 (1)
bishu_blog1811_5 (2)


この難解な素材の中に、如何に自由な表現が出来るかの試みの二作品。
前作は、脳内の発想転回に固さがあったが、今作の制作については、
少し自由を楽しむ事が出来た。「制約の中の自由」を掲げての根付創作の
毎日であるが、迷い出すと技術ばかりに救いを求めることの愚かさを、自ら戒めている。
 
老子に曰く
  大道は平らかなり、されど歩みがたし
  小道は険し、されど歩みやすし

  1. 2018/12/04(火) 12:26:47|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り「2018年10月/齋藤美洲(埼玉)」

老根付師 徒然草  霜月

霜月としたが、現在10月は夏日があったり、北風に身を竦めたりで、
季節が定まらず、残り少ないカレンダーに、Tシャツで仕事しながら年越を思うのは、
何か変である。夏の象徴と思う百日紅は、未だ花弁に色を残している。(10/7)

時代(時の流れ)
美術愛好家と話をした。根付の話をするうち、徒弟の時代の学び方に比べ、
師匠のいない現在、若い人達は如何に学び作品にするのかとの質問があった。
例を挙げて、及川空観氏は根付彫刻を志したのは遅いのに、今トップ集団の一人に
位置するのは何故?と聞かれた。

私の答えは二つであった。
一つは、彼は発想し、デッサンしたアイデアを、三次元(立体)に表現出来るタレント
(才能者)である事。仮に素晴らしいアイデアを得ても、立体感覚の乏しい人には
表現しきれないが、彼にはそれを克服する能力がある。作家はそれぞれ天分を
持っているが、己の希望と表現は一致できないことが多い。
二つは、佐野藍さんの稿で述べたのと同様、彼の脳内には理想が存在する。
イタリアに旅した時に観たベルルーニの彫刻である。ネットで見れば解る通り、
ミケランジェロの次の展開と思われ、ギリシャ、ヘレニズム彫刻のラオコーン像に通じる作品だ。
一つの作品に感銘を受け、生き方の方向性が決定される話はよく聞くが、ベルルーニ作品が
彼の脳内にたえず理想として制作の力となっているのだろう。

加えて現在、超絶技巧が愛でられている情勢が、彼の創作に意欲を与えているのだろう
等々、私見を述べた。与えられた“才”と“時”が合致した作家は、飛躍的に向上する。
これは空観氏ばかりの話ではなく、若い作家が時を得れば同様に成長することだろう。
ただ、流行に迎合する事ではないと加えておきたい。

現代根付運動が始まって約50年、その当時の美術情勢は抽象全盛であった。
私も含め若い作家は、その時代のアートを学び、根付に新しい感覚を入れ込もうと努力した。
現在とはその情勢は違えこそすれ、根付は、使用可能であってこそ現代根付であることは公理であろう。

鹿角という素材
前回、鹿角材の自然形の中に何が見えて表現するかを記した。現在、豊年踊りシリーズを
創作中であるが、6点目くらいから、同じ形の素材故にアイデアに行き詰まってきて、
新しい展開が必要になる。

鹿角をメインにしている作家も同様の悩みを抱えて苦慮していると思われる。
考えた末の一つの試みは、作品自体に大きな空間を持たせて、鹿角の素材形を観る人に
感じさせない様、造形することとした。

bishu_blog1810(1).jpg

ネズミの尾を動かして、鹿角々々した形から脱しようとの試作であるが、観る方は如何に
感じるだろうか?意見を聞きたい。今、同じ発想で二作目を創作中・・・

bishu_blog1810(2).jpg

  1. 2018/10/31(水) 21:14:13|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り「2018年9月/齋藤美洲(埼玉)」

老根付師 徒然草
  
本日、秋の彼岸に入る。ようやく酷暑も去り、暑さ嫌いの身にとって自分が取り戻せそうだ。
空の高さの清々しさに、明日を期待。

勿怪の幸い展
花影抄の作家の集う展示は面白かった。同一のお題に各自自分の表現をもって、
他者と比較する機会は少ないし、大切なことだ。普段は孤独に彫刻し、自分の世界にいるが、
他者の作品にじかに接することで自分の思考を客観視出来る。発想、技量も比較によって
自分の地位のランク付けが出来、向上への糧になる。

初期の根付研究会風景を思い起こさせた。経験の序列を排しての作品互評は全員の
利益になった。隔月の例会が十五年も続いたことも懐かしい。今回のオープニングの懇談で
昔の雰囲気を感じ、作家のために次回を期待する。

後生畏るべし
後生とは、後輩の意。後輩は努力によっていずれ自分を超えるのだから、畏敬しても侮ってはいけない。
早く作家の皆さん、私を越えてほしい。今回は私も多くを得た故に。
早めに退出する時の私の言葉であるが、最後に麒麟も老いれば駄馬にも劣るとも加えた。

私の彫刻の原点
佐野藍さんの週末在廊の展示を観た。両手で抱えて見られる大きさで、
根付同様の鑑賞が出来て、親しみを持って楽しんだ。
佐野さんの言うには、無地の材には自分の造形を主張して表現し、模様のある材には
その面白さを見せるべく形づくると。
自然素材そのものをオブジェとして、その抽象形に感情移入させたイメージを具現化した
作品には、橋本平八の“牛”等のオブジェ作品に通ずるものがあると感じた。
加えて橋本平八は伊勢根付師の出身である事を思うと、鹿角等自然形を生かす素材に
対しての私の彫刻原点との共通性も感じさせてくれた。

鹿角
前記したが、鹿角等素材に自由表現出来ないものには、素材自体の形をオブジェとし、
感情移入させた表現を例にとる。

鹿角は幹と枝部に大別される。この様な材の中に何をイメージするかは、
根付師の作りたい何かに他ならない。
bishu_blog09.jpg

久しぶりに猪を彫ってみた。表現の説明はあえてしない。
見る方々の感じ方が正しいと思う故。
bishu_blog09(4).jpg

bishu_blog09(3).jpg

bishu_blog09(1).jpg

bishu_blog09(2).jpg




  1. 2018/09/28(金) 11:18:51|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り「2018年8月/齋藤美洲(埼玉)」

老根付師の徒然草  長月 (九月の勿怪展にちなんで)

酷暑  40℃を超えるとの報を聞くにつけ驚きよりも「今日もまたか」の
感の強い今夏も、暦は立秋を過ぎた。耳を傾けると一匹のコオロギの声に
季節は移ろうものと安堵。ただ、秋の気配はなし。乞うご自愛。

 アクシデント。   熊谷で41.1℃と聞いた日の昼下り、何故かフラリと感じ
室温を見ると33℃。わが仕事場はプレハブ故にこうなるのかと思い過ごしたが、
35℃の気温でも30℃にしかならない。エアコンを最低にセットして変わらず。
「壊れたか!」と気付きギョッ!!とする。

盆休暇が近い今、頼んでもいつ工事が来るか?今夏は開店休業かと思われた。
一週間頑張って仕事をしていた時、外気温より室温が下がっているのは故障では
なく整備不良なのかと一縷の望みを得る。梅雨明けに洗浄スプレーをしたが、
気休めであったらしい。フィルターの奥の冷却板をよく見て驚いた。

長年の材料の微粒と煙草のヤニで固まり、室内空気が排気されていない。
スプレー缶三本とブラシを用いて洗浄。やっと排気される様に回復。
セッティング温度まで下がる。ただ、8/9の台風の日故、猛暑で試していないため
只今酷暑待ち。リューター等使用する根付師諸氏には、エアコン整備は念入りに。

一頭でも十二支
花影抄 勿怪の幸い展に出品すべく主題を考えていた。
九尾の狐も物の怪なら、根付らしく多少のユーモアの主題としてこれを選んだ。

浮世絵に一頭で十二支全てを入れ込んだ図がある。子の頭から描き始め
たのであろうと推測する。順に、丑の角、寅の斑、卯の耳、辰の腹と火炎、
巳の尾先の顔、午のたてがみ、申の手、酉のトサカ、戌の足、ときて最後に
亥の特徴はと考えた故か、逆立つ毛並みときた。寅の斑と逆立つ毛並みを
同時に表現するのは困難と思われ(原画でも明確な面白さは出ていない)
私流にデザインを変えた。

bushu_blog1808.jpg

bushu_blog1808(2).jpg

巳の胴体部分を、子の尾にし、顔を亥にした。これで根付的ユーモラスになった。
四足で地面に立っていた原画に対して、擬人化して立図にすれば、テーマは
同じでも私のオリジナルとしてよいと思うし、古今の根付の内でも唯一と云えるだろう。

オリジナリティ あえて作品の説明をくどく前述したのは、作家は自然や他作品に
インプレッション(感動を持って心に刻まれるもの)を受け、表現しようとする。
その時、アイディアを得たものに近づける様なデッサンをするのは作意がないと云える。
インプレッションを受けたことに対して、何故にと、あらゆる角度から分析した後に
表現できたものが、オリジナリティと云ってよいものと考える。
  1. 2018/08/16(木) 20:10:50|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2018年7月(8月) 齋藤美洲

老根付師  葉月

文月と書きたかったが、梅雨が六月に明け、今年はその風情がない酷暑。
只今、新暦盆の最中。ブログの時間差解消のため葉月とした。

例年は暑さに対する怨み節を書くが、今年はそれどころではない。
西日本の惨状を見るに明日は我が身と知る。夏前の暴れ梅雨は、以前は
局地的被害であったが、3年前の鬼怒川、去年の熊本、そして今年と、50年に一度が続く。
地球温暖化の故かパターンは同じ。前線の停滞と台風による湿気の流れ込みによる。
コンピューターによる気象予報で被害が予測されても、国、自治体とも怖さの想像力が
ないのか、対応が遅れる。被害が出てからの対処。東京に先日の高知の雨量が降ると、
上野の西郷像からは下町全域が水に浸かっているのが見えるという。猛暑が過ぎて
秋雨前線と台風を想うとゾッ!とするのは私だけだろうか?全国無事を祈る。


現代根付史最縮尺版
6月に京都清宗根付館、木下コレクション、最新本出版記念パーティが催された。
最長老から新進根付師たちまで一同に会した。中には幻とされた寛玉氏も出席し、
若者たちに挨拶されていた。見渡すに、出席者の顔と作品が分からない若い作家
たちが多数であった。それだけの時が過ぎたのだろう。現代根付初期の事もよく聞
かれるのもその一例。ザックリと歴史を3段階に切り分ける。

一 キンゼイ御夫妻来日より20世紀末まで
 海外コレクターによって、多くの古典の中で育てられ、地位も確立。円高により
市場が厳しくなる。国内では高円宮コレクション、大英博展カタログを参照されたし。

二 バブル崩壊後より京都清宗根付館出現まで
社会システムも変わり、商社、作家も苦労した時。デパート展、少数の商社の努力に
命脈を保ち、価格も他の美術界の様には下落しなかったのに感謝。

三 京都清宗根付館開館以後
木下コレクションの蒐集数は夥しく、現代根付界は一息つけたことに感謝。
多くの新人を輩出させ、作品が永く保存されることに意義がある。現在の
現代根付界は皆さん御存じ、進行形である。出版記念パーティにての感想です。

 
私の推敲  九尾

九尾の狐に挑んでみた。

参考に多くの平面作品を観た。このモチーフ、絵画はいいなァと思う。
キャンバス上は自由自在だからだ。彫刻となると難しいのだろう。目を引く作品は少ない。まして根付では・・・。

bishu_blog1807.jpg
御覧の通りのいつもの鹿角。
この中に九本の尾を如何に自由に表現し、根付である事に、推敲すること、暫し。

bishu_blog1807(4).jpg
こないなりました。(暑っ苦しい)
bishu_blog1807(3).jpg

啓上 暑中御見舞
  1. 2018/07/28(土) 18:10:49|
  2. 齋藤美洲(埼玉)
次のページ