根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

齋藤美洲根付彫刻新作展 出品作品紹介

齋藤美洲根付彫刻新作展
2018年2月10日[土]~18日[日]
Gallery花影抄


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「ねこジャ」
セイウチ牙化石 h5.8cm 810,000yen 御売約済



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「水犀」
セイウチ牙化石 4.9cm 810,000yen お取り置き中



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「穿ち」
セイウチ牙化石 4.8cm 864,000yen 御売約済




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「藻陰」 セイウチ牙化石 5.8cm 756,000yen



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「いさな」
セイウチ牙化石 5.5cm 810,000yen



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「奏」
セイウチ牙化石 6.0cm 810,000yen



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「獲物へ」
セイウチ牙化石 4.8cm 756,000yen



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「遊ぶかりがね」
セイウチ牙化石 4.8cm 702,000yen



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「猫又踊り」
鹿角 h6.9cm 810,000yen 御売約済




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「春走」
鹿角 7.7cm 756,000yen



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「陽ざし」
河馬牙 4.2cm 702,000yen 御売約済



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「寝猫」
セイウチ牙化石 4.9cm 702,000yen



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「起きテヨ」
セイウチ牙化石 5.1cm 702,000yen



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「耳がかゆい」
河馬牙 h5.1cm 810,000yen 御売約済



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「鳥獣戯画連想」
鹿角 8.3cm 864,000yen


作品についてのお問い合わせは、Gallery花影抄 netsukeya@hanakagesho.com
電話/FAX 03-3827-1323 まで





  1. 2018/02/17(土) 19:20:34|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

齋藤美洲展覧会情報掲載

発売中の雑誌「月刊美術/2018.2月号」にて、齋藤美洲さんの個展を紹介していただきました。

「今月の注目展」というコーナーです。

「齋藤美洲根付彫刻新作展」
2018年2月10日(土)〜18日(日)
13日(火)休廊
Gallery花影抄

数年手がけているセイウチの牙の化石材料を中心とした根付彫刻の新作を展示します。
艶やかで独特の個性ある素材感を持つ作品群をお楽しみになさって頂きたいと思います。

bishu_gb2018 blog
月刊美術 2018年2月号 136ページ

月刊美術-webサイト




  1. 2018/01/25(木) 16:49:11|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2017年11月 齋藤美洲

来年2月にGallery花影抄にて個展を予定している齋藤美洲さん。
久しぶりの個展では前回に引き続きセイウチ牙の化石を用いた作品も出品予定です。
その素材の珍しさ、扱いにくさに対して色々とブログにてご教授もらいました。

セイウチ化石牙彫刻
木枯しの声を耳にして、濃紺の空に一片の月冴か。何かが御座しますとしか思えない感情に、
目を足元に移すと残菊の艶も又、冴か。好きな季節の感性だが、今日日は、PCの世界。
時代遅れの表現かも?呵々苦笑。

セイウチ化石牙の特長
普通のセイウチ牙は、象牙、鹿角に比べ、硬度が高いが、同様に彫刻することは可能である。
この素材の特長は、象牙の如く均一でなく、断面を見れば解るが三層からなる。
外皮(磨いても、内側部分の様な艶が出ない)、内側部(無地)、中心部(泡、粟状の組織)に分かれ、
それぞれの素材の性質は異なる。化石も同様であるが、加えて硬度がより高くなる。

化石は、セイウチ牙が万年単位で地面下に埋もれ、土の成分やバクテリア等で化学変化して、外皮から
徐々に色が付いたものと推測される。よって小片は内部まで変色し、大きな牙は表面のみの場合が多い。

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興味を覚えることに、マンモスの生息した時代であるゆえに、人類も生存し、骨器も出土され、
それに手を加えるのは、古代ロマンを想起させてくれる。

化石を彫刻する時には、硬さ、性質、発想の三要素を考慮すべきところだ。
 
硬さ
他の素材に比べ、倍の硬度と思われる。リューターのバーの耗り方の早さで解り、この硬度に
負けぬ心構えが必要になる。石化している故、粉塵は喉に悪く、防塵マスク着用を奨める。

性質
石化する過程で組織に繋がりがなくなるためか、粘り気がなく、線彫りにガタが来て、一本毛彫り等、
テクニックを見せる細さは、他の方は知らず、私には出来ない。磨き前に彫れたとしても、磨き作業の
過程で摩耗してしまう。よってテクニックで見せる作品でない発想が必要となる。

発想
この素材は紙上のデッサンを基にして彫り出すのは難しい。デッサンに合った材料はないといえる。
初めに材があって、その中に何が見えるかを発見して制作にかかる、いわゆる
”脳内のデッサン“が勝負になる。それは、化石の持つ独特な色を、ひび割れを、茶道における景色
として生かしたり、泡状部がポロポロと崩れる場合等、その時々でデッサン変更の想定が必要だからだ。

以下、文章だけでは解りにくい故、図入りで説明
長さ11cm強の牙先。表面は黒に近いが、カットすると写真の通り。
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深い割が入っていた故、鋸でカット。

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この固まりの中に何が見えて(想像)来るかが重要で、日数をかけて、具象を見つけるのが作家の本懐。
私は親子鯨を想った。

脳内に完成図をデッサンした後、尾の位置を決めて出発点とする。
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鋸でカットした部分をカッターで面を作り尾をより作り出す。この段階で、作家として脳内のデッサンに
基づいた造形が出せそうだとホッとする時だ。

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リューターで、より彫り進め、より具現化しながら空間もつける。小さな根付は空間を持たせることによって、
実際の塊よりも大きく見せる。親鯨の右ヒレにも濃い色を残せたことで、左右の色バランスが保たれるのは嬉しい。

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ヤスリ、小刀、リューターを併用しながら、ディテールを彫り進める。この段階は、いわゆる荒彫りで、
作品の造形価値が決定される。全体のフォルム、バランス等、彫刻に必要な要素は、この時点で
全て含まれていなければならない。

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これから先の仕上彫りは、小刀で細部まで決めていく。どこで磨きに移るかは、
我が心の師、雅俊先生の“納得するまで”となる。根付師それぞれの納得で作品価値が決まる。
私にとって恐い言葉である。

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居合抜きの勝敗は、“鞘の内にあり”とか。根付も作る前の発想にあり、と思いつつ、
未完ではあるが、磨き上がりを載せる。

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以後は観る人の評に委ねる。

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  1. 2017/11/29(水) 20:01:01|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2017年8月 齋藤美洲

 「20代頃の追想」

 梅雨が明ける前に百日紅(さるすべり)が咲いた。この花が、色褪せる時まで、今夏は長いと覚悟しなければならない。
 池波正太郎、鬼平犯科帳の一文に、梅雨が明け、外仕事の多い江戸の庶民は、晴れ晴れとした夏空を見上げ鬱陶しさから解放されて喜ぶ。十日もすれば、ぐったりと暑さに文句を云うくせに・・・とある。今年は・・・・ゾッ!!
 
啓上 残暑御見舞

 前回、試みた仕事で遊んでいると、心に変化が現れたと書いたが、それは私が美洲銘を彫るまでの若い時の変化と同じ事に気が付いた。55年も前の話だ。この半年、若い時にタイムスリップした如く、気持もその時代の気概に成れた事は、思わぬ収穫だった。
 蛇足ながら、当時を語ると、前回の東京オリンピックの開催された頃の御話。(フルクサ!!)
 18歳で、象牙彫刻根付を学ぼうと、父の工房に入る。出勤する職人さんと、出入りの人で、賑やかであった。
 子供の頃より、父の手伝いをしていた故、初めての仕事も、一人で仕上げられる過程も知っていた。
 美大の夜間部には彫刻科がなかったので、夜間は太平洋美術学校で彫塑を学んだが、その時期に読んだ美術書、展覧会、先輩や仲間達の討論等々が、今の私の血肉になっていると感じる。また、その時期は、抽象表現が全盛で、テクニックより、本質の追求を旨としていて、現在の技巧第一主義とは180度差である。

 当時の根付界は、キンゼイ御夫妻来日までは、全体像が見られる横のつながりがなく、よくわからなかった。ただ、象牙、骨董の業界内で動いていた。象牙彫刻会ができ、諸先輩からの教えで象牙根付が、骨董(古典)と似て非なるものと知る。象牙彫刻は明治以来の伝統基本として写実と技術に重きを置く。よって、根付の用の美は二の次にされていたと感じた。父の友人の骨董商が見せてくれた古典根付から吸収していた「これが根付」だという基本感があったためかも知れない。ただ、古典的表現で象牙商社に持参しても初めは下手扱いされた。象牙界に通用するのは数年後、洋書の根付本からのコピー注文が多くなってきてからだった。
 幸いなことに、私が仕事場に座した時に、外人の根付骨董商と出会った。彼は古典根付を貸してくれ、そのコピーを制作する事、十年になった。数えれば数百からそれ以上であろう。加えて、古典からの意匠を、私のアイディアで創るのもよしとされた。これが、私のオリジナリティ重視の原点にもなっている。
 父より受け継いだ職人さんたちに渡す荒彫の数も、今の人には考えられないほどの数に及ぶだろう。輸出用といっても中級品に属している故、やっつけ仕事ではない。そのため素材からいかに早く仕上りの姿を発見するのかが、無駄な時を費やさない勝負どころであった。これは立体造形クロッキーといっても良いかも知れない。現在、鹿角など「形の制約がある素材」から意匠を発見するのに役立っているのは言うまでもない。

 この様な若い日の思いをたどりながら遊んでみたが、作り手の心は変化する事を実感した。
 この様な仕事は、向上心を抑え、満足感を得られぬことと気が付いた。今回の連作の中で、やり初めの作品と後ではかける時間が違ってきた。もっと小刀を入れればよくなると思う気持ちが強くなってくる。それによって満足感を強くするのが本来の姿との感が強くなった。
 中村雅俊師の唯一の教え“満足するまでやる事”。昨日言われた様な気がしている。
 そして現在は、ジャスト、キンゼイ御夫妻より始まる現代根付運動といわれた時代の精神に立ち返っている。約五十年前の私と今では違う。今、私は老根付師。されど同じ精神と思考で、なにを創作するかは、私自身でも楽しみなことと期待している。

  平成二十九年 葉月 齋藤美洲 

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  1. 2017/08/09(水) 07:41:53|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2017年7月 齋藤美洲

齋藤美洲さんに久しぶりにブログに記事を連載して頂くことになりました。
まずは六月末にいただいた原稿から始めます。宜しくお願い申し上げます。


梅雨・・・・・ しとどに濡れる紫陽花は、濃い灰色の雲の下で、その美しさを際立たせている。モノクロの近い背景と風情が、かくも人に艶やかさを感じさせるのか、不思議な想いがする。ある詩人が言っていた。この時期の人々の鬱々を慰める為、天使が雲上の空の色を、雨を絵筆にして紫陽花に色付けしているとか・・・そう言えば、花の色は青が基調で、暁闇からの一日の空の色の何処かに当てはまる。詩人の想像力を具現化した、ロマンティックな表現に、物作りは、制作する前に、この様な精神を持ちたいものと思う。

  空のあお
  雨 筆にして
  紫陽花に (駄句蛇足)


 こんな悠長な文を綴っていると、さぞかし安穏な日々を過ごして居る様であるが、実体は水鳥の水面下。脚も心も、目標に向かって、せわしなく動かしているのが実情。
 想い起せばこの四年間、七十の歳に、銀座での個展を開催してから、川口市立ギャラリー、三越での個展、二人展、三鷹市の現代根付展等々、毎年走り回る様に動いて来た。光陰矢の如しという感が大。
 本年は行事予定が無い故に、ノルマ感無く、ゆっくりと、今日まで自分が歩んで来た根付の道と、この先自分は何を求めるのかを、仕事を通して考える時間を過ごしている。
幸な事に、私は中村雅俊先生 稲田一郎先生はじめ、多くの名人と云われた先生方と、御付合する事も出来、その晩年の姿勢も知り、御見送りもした。御会いした折々に感じ得たのは、晩年の作品の存在感だった。それぞれ先生方は、自分は根付をこう考えると云う解答を示して、旅立たれたと思う。それらの作品群は、勿論、脂ののった年代の作品とは違う意味での秀作根付であると考える。私はそれらを愛でて居るし、それらの根付たちに教えられることも多い。根付は工芸的見方をされるが故に、技量を持って評価されがちであるが、もっとその奥の「根付アート」とはの命題の、解答を示しているのかも知れない。

 アートは、現状に対する革新であり、現状を俯瞰して、その本質を探り出す。この言葉を脳裏に秘めて、私と作品を俯瞰して、かっこ良く書けば「自分捜し」をすべく見る事としている。
 試みとして「若い頃の仕事的方法」で制作し、私の現在の感性と造形がどう変化しているのかを確認したくなった。その為の習作として、素材を見て、即、図を想像して、推敲する事無く彫り出し、見せるべき技量に重きを置く事無く、一気に仕上げる方法を試してみている。根付と云われる為の条件、小刀と磨き勿論配慮している。これならば破損の心配無く、安心して使えると、人に思われれば成功と思う。作品としての美洲根付を細密デッサンとすると、この習作的な根付はクロッキー的作品であると思う。両者に「差」はあるが、味わいと云う何かが有れば上々と考える。この試みの可否は、観る方々の感想が全てであり、是非とも聞かせて戴いて、私の心の糧となる事を望んでいる。
この習作の試みは、「美洲作品」における、肩を張ったようなものがないだけに、次々と仕上がり早く手がける面白さがあり、また常に新しい図を考え出す楽しみがあり、遊ぶが如くに、夢中で手がけているうちに、気づけば半年以上が過ぎ去って行った。
面白い事に、物作りの心は、変化していくものだと、半年の私の心の移り様で解って来た。
 どの様なものかは、次回にて・・・。

平成二十九年  水無月 齋藤美洲 

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  1. 2017/07/04(火) 22:01:36|
  2. 齋藤美洲(埼玉)
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