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根津の根付屋 & Gallery 花影抄 blog

東京・根津にある主に現代根付、立体作品をご紹介しています、Gallery花影抄のblogです。
展覧会や取扱作家情報などを発信しています。

齋藤美洲展が始まりました 京都清宗根付館

京都清宗根付館は京都にある根付の美術館です。

月ごとに企画展が行われていますが、今月10月は齋藤美洲展と
いうことで美洲さんと京都へ、展示を拝見しに行って参りました。

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京都清宗根付館 根付作家企画展 10月「齋藤美洲展」
2019年10月1日~31日 ※月曜休館日(祝日の場合は火曜日休館)
webサイト:https://www.netsukekan.jp/

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十二神将など代表作が中心に並んでいます。

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※注:根付館は写真撮影はできません。今回は許可をとって掲載しています。

展示は2部屋に分かれての展示で、約60点美洲作品が並んでいます。
近年制作した作品から30年近く前の仕事のものも展示してあったそうで
美洲さんは、アルバムをめくるような気持ちで鑑賞したとおっしゃっていました。

10月31日まで開催中です。京都へお立ち寄りの際にはぜひ壬生の京都清宗根付館へも
足を運んでください。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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美洲さん、京都行きお疲れさまでした。






  1. 2019/10/02(水) 20:22:54|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2019年9月/「老根付師 徒然草 長月」 齋藤美洲(埼玉)

本日の黎明、野分(台風)の風雨の声、烈し。
9月9日の台風一過の後の酷暑、猛烈にして、夏戻るとか、
皆さん御自愛を・・・。


 変った夏風情
梅雨に濡れそぼつ紫陽花は、鬱々とした気分に
晴々しさを与えてくれる風情の植物で、
夏の到来と共に役割を終えて、花も失せるものと思っていた。

何年も前、家内が一本の苗木を植えた。何の苗だか解らないと云う。
数年、根付いているのを確認はしてきたが、花は持たなかった。
去年初めて、子供の握り拳ぐらいの花を付けた。
紫陽花に似るが、となりの紫陽花とは幹と葉も違っている故、解らぬまま過ぎた。

今夏、普通の紫陽花の来年の為の剪定が終わった頃、多くの蕾が現れた。
始めは純白で、普通の紫陽花程の大きさで、丸くはなく卵形である。
伊豆大島紫陽花園で見た種類であることが解った。

思いがけなかったのは、梅雨明けから咲き始め、
酷暑にも負ける事なく、未だ花弁も地に落ちていない。
純白の花がグリーンに変わってくるのも不思議だ。

この花が散れば良き季節の到来という基準にしてきた百日紅(さるすべり)に加え、
この花も酷暑の盛りを知らせるものとなった。

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 一角獣
このモチーフは、麒麟同様に誰でも知っているものであるが、
古典から現代根付まで非常に例が少なく、私でも二点か三点しか記憶がない。
一本角の馬なのに、何故か?
古今西洋の名画にはよく描かれてはいるのだが。

想うに、このモチーフは根付としての図が付けにくい事
(角を根付として如何に処理するか)からか。
観る人の評は自由であるが、創る者にとっては難解な知的作業が要る。
暑さの中、頭がボケない為(もう既にボケているかも知れないが…)一角獣を試みてみた。

材は鹿角、前回ブログの一角獣は注文の図であって、
象牙で自由に取れた形ながら、デザインに堅苦しさを感じていた故、
より自然さを出せたらと心掛けた。
しかしながら、鹿角材には、形状的制約がある故に、
額に汗しながらこの様に持っていった。
一角獣ではなく馬の根付ならもっと自由に楽しめたのにと、
猛暑日の続く日々の仕事場でした。

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  1. 2019/09/11(水) 20:12:40|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2019年8月/「老根付師 徒然草 葉月」 齋藤美洲(埼玉)

梅雨、平年並みに明け、百日紅も一斉に爛漫。
忍び音の絶えぬ夏に季節は移る。
ただ、あと十日もすれば、暦は立秋。
虫の声を探しながら秋を待つ。八月二日記。

この一ヶ月は、様々なことが公私を問わずにあり、駆け抜けたという感じ。
中でも、長年親しかったグループの一人が逝った事。
同年故に哀情もひとしおで、只今人の世の無常を実感している最中。


 時代と環境
久々に、桜井英之氏と会食。
氏は本年78歳になるが、外出の際は一万歩以上を目安とする元気。
加えて思考も昔ながらで、年寄りじみてない。
親交五十年を越えた仲である故に会話は尽きず、もしここに次代を担う
若き根付師が同席していたならば、大いに参考となったであろう。

根付彫刻会発足以来、数々の新しい企画や展示会等の活動は、
二人での話合いの場から発案されたものが多く、
それを実現するために我々が会での説得を始め、
奔走したことも多かった。今や遠い昔話になったが、
現在の根付師の在り方を考える一助になるかも知れない。

その様な中、前回ブログに、若い根付師達に
根付について語り合う機会を設けなさいと書いたが、
我々の時代と現在では、環境がだいぶ違うことに気付かされた。
我々が他作家の作品を観て学ぶことが出来たのは、
象牙彫刻会のおかげであった。

私が入会したのは二十歳の頃であったが、作品を見せ合う会に始まり、
毎年の象牙彫刻会展において、自分と先輩たちとの技術差を痛感したものだ。
なにせ明治生まれの先生方も多く、象牙彫刻全盛期を経た作品には、
学ぶというより、自分には出来るのであろうかとショックさえ受けた。
初代美洲を知る先生方に優しく接して頂きながら伺った話は大変参考になった。

一例を挙げれば、人物を先生方に見せた場合。
「この着物の素材は木綿?絹?それとも麻?」等と問われ、
町娘と芸者を例にとって、綿と絹のプロポーションの差、
袖や腰から下のシワの違いを教えてくれた。
和装を町中で見かけなくなった今日では、こんな事を意識する人はいるだろうか?

私たち当時20代の作家にとって、諸先輩はその作品、その会話が
全て宝の山と思えるほどで、その後の修業のための教科書となった。
この時代と環境の差を変えるのは不可能であるが、
若い人にはひたすらエールを送り続けたい。


 年寄りにも修業
二月、75歳の個展を終え、一息ついたところで、私の古典理解を探る為、
オマージュとして、尊敬する何人かの作風を試みてみた。
20代の頃、古典のコピーで根付の基本を学んだ時の様な
ワクワクした気持ちで楽しんだ。

五月に入る頃から、その興奮が薄れてきた。
制作中、脳内に、昔掌中で観た名品が浮び上り、オマージュ故に
自分のオリジナル性を加えた作品という自負に疑問符が現れた。
我が技量では脳内に焼き付いた名品には及びもつかない事、
我が楽しみは自分のオリジナル性ではないのかという事、
老い故の発想の欠如からの逃避ではないか等々、思い悩み、
多少鬱になった。こうなると毎日が虚しくなる。

そこから抜け出すことが出来たのは、親友が与えてくれた
中島敦(皆さん知らないと思うけど)の本のおかげである。
中国古典を主題にして、自分の思想を語ったのが特長である作品が多い。
その古典は私が若い頃熟読したものであり、青春時代の気分に帰らせてくれた。
お陰様で心が晴れ、次なる課題に向かうことが出来た。
オマージュ作品を作る事は、古典を如何に理解し、
その中から自分を探り、発見する事だと。
オマージュ作りはその意味で無駄ではなく、
与えられた私の修業だったとの思いに至らせてくれた。
親友に感謝!!

次に何をと考えていたところ、40歳の自分の作品を試作にした。
依頼されていたが、気が重くなる仕事だった。
これまた、修業と作り始めた。
この時代の根付は大ぶりな作が好まれ、材料も象牙であったが、
今回は現在許されている材を使用した。
鹿角、カバ等制約のある材は同じ形にはならないが、古典オマージュ同様、
作品の持つ雰囲気と造作と技量を保つべく、仕事場に居る。
オマージュと違い解放感が心地良いが、外は燦々たる陽射し、陽射し!!

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  1. 2019/08/17(土) 19:09:14|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2019年7月/「老根付師 徒然草 文月」 齋藤美洲(埼玉)

七月なのに何故か文月。
旧暦の事もあって、稲の穂が出る時期故に、穂を見る月が変化して、
文月と呼ぶ様になったと聞く。

高校時代、校舎から1KM先に駅があり、登校路の回り一面が田圃だった。
稲穂が出て、緑の内は、さざ波の如く揺れて、見えない風を知らされる。
秋、田全体が黄金色に変わり、強い風の時は、台風の時の大波の様に、
波長の長い大きなうねりとなり、豊穣を知らせる姿は圧巻であった。
若き日の一情景。


老婆心
5月、花影抄にて、ドイツの根付彫刻を志す青年と話をした。
本来は画家であるが、立体に興味を持ち、根付を選んで6年を経るという。
PCの時代、根付に関する情報は得られるが道具や造り方に関しては得にくいという。
私の道具や作品も見せ、彼の作品、折しも若手作家の個展開催中であったため
その作家の作品を見ながら、他の若い作家、来展したベテラン作家たちも同席しての
長時間の根付談義は、私が若い頃の仲間たちとの会話が想起されて、
熱が入り面白く、かつ有意義であった。
ドイツ根付師の作品向上の一助になったらと願う。

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会話中の感想である。
若い作家たちが志すべきものは、己の作品のランクアップと思う。
古今の名作から駄作までを十段階に分けたとき、自作が何処に位置するかを
客観視し、上に上るには?と模索する姿勢が必要と思われる。
そのためには、美術作品全体を鑑賞し、名品に触れ、
自分が創りたい姿を発見することと確信。
そして、根付師たちとの会話も大切である。
人の仕事、言葉から得るものを吸収し、己の血肉にすることが出来る大切な方法だ。

ランクアップの必要性は、長く根付師の座に留まる為のものである。
一時、人気が出て売れても、その情況に満足して同じクオリティの
作品を出し続ければ、世間の眼は、他に移っていくだろう。
難しい世界である事の、多例を知っているからこそ云える。

この想いから、若い作家や他の人に、作品ランクアップの為、
集まる機会を持ったらと聞いたが、興味を示す言葉はなかった。
年寄りが音頭をとる事なく、これからの人の熱が自発的に
行動を起こすべき事ゆえに、拍子抜けと同時に、我が老婆心に苦笑。


孤独
我々根付師の作業は孤独な日々である。
ただ、脳内にての想いは仕事場を離れ、様々なものだ。
人生、生活、対人、etcあるが、己の作品向上について考える。

人は己を知る為に生まれ、己を見る為に作る、との言は私の座右の銘である。
自分の作品を見て己を知ることは、自作に対する客観で、
より向上の可能性を高めたい者は、孤独ゆえに他者を求め、
他者の言を知ろうとする。
比較、対比によって、他者と己の違いを知り、
より己の本質を知ることが出来るからだ。

他に、孤独を楽しみ、自分の世界に浸り、自分の世界を作り上げ満足する。
他者、他作、他言を容れぬ、いわゆるオタクもある。
例外として、同じ有様でいながら秀作を創る人もいる。
良く観察すると、根付、彫刻、美術の基礎を吸収し、
己が目指すべき理想像を描き得ている。
天才肌というべき根付師も見てきた。
根付師は、それぞれに自分のタイプを知るのも、
自己発見と向上の一助かもしれない。

  1. 2019/07/01(月) 10:00:00|
  2. 齋藤美洲(埼玉)

作家便り2019年5月/「老根付師 徒然草 皐月」 齋藤美洲(埼玉)

久しぶりにブログを書き始めて、気が付いた。今日(4/28)は、私が生まれた日。
無頼的な生活をしながらよくぞ・・・と思う。来年は「喜寿」なんて信じ難い。

掌の上で、古い友人より貰い受けた無患子(むくろじ)の実に見入る。
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不思議な実で、種は羽子突きの羽の先に使うとか。外皮は堅く、艶のある美しい半透明で、
時を経ると色が濃くなる。果実は無く、黒い種子が独立してあり、振るとカラカラと鳴る。
本日なればこそ故にか、無患子の不思議な面白さは、いつの間にか感動した作品に
出会った時の様に完全に感情が移入された、私のオブジェとなった。色合いと形を愛で、
耳元でそのおとないを聞く時に、遠い昔が偲ばれる。過去は還らない。無数の思い出たちが、
何故にか、種子に入り込み、凝縮されて、私の心の核になった様な想いがして、
暫し己が来し方に浸らせてくれた無患子の実。
老根付師 誕生日のセンチメンタル。
啊啊 。

ここ数ヶ月、古典根付のオマージュと、私が如何に理解しているかを命題にして、
自身を修業時代に還して仕事場にいる。

オマージュであって、コピーにならない仕事は、少々難しく感じられる。
根付美を探る為の勉強と言い聞かせ、居直れば、次第に楽しくなってくる。
評価を目的としていないため、出来不出来は別にして限度無く時は流れるが、
これもわが非才と苦笑する。ここに来て、三つの確信を得た。

 造形
「居合の勝負は鞘の内にあり」との言があるが、材料をカッティングする前に
作家の脳内にある完成図如何によって作品価値が決まる、と同義ということだ。
勿論、参考作品も見、デッサンもして、脳内に完成図があってこそ、
創り始めるのであろうが、その良否を評価するのは自身であるゆえ難しい。
造形の最中、「ああすれば」「こうすれば」と迷うのは、完成図が未完ゆえにだろう。
荒彫りの初めの段階で、全体的なムーブメントが出せない事も、自戒する。

 ヤスリ作業
工具を使用して、荒彫りの後、小刀で仕上彫りに移る作家が多く見受けられるが、
これでは根付の持つべき機能美は出せない。多少荒彫りの形が失われても、
全体のフォルムと、頭から背骨、尾先までのラインを確認するのが目的だから。
(動物の場合。人物なら頭から足先まで。)
多少、工具で出した形が失せても、残った固まりの内に正解がある。

 小刀作業
昭和末期まで、根付業界では、荒彫りと仕上彫りは分業が多かった。分けた理由は、
造形と仕上技術は別の才能が必要である故に、得意分野の職人の合作にして作品価値を上げた。
現代根付は一作が求められる故に、造形と技術の研鑽が必要になる。
面白い造形なのに技術不足のため、ランクが下げられる例が多いのは勿体ない。

 小刀作業は、三つの段階に分かれる。
①丸い先の大き目の小刀で、工具、ヤスリのキズを取りながら、全体のフォルムと各部を確認し、
顔、手、足を決めた彫りは入れないで、あくまでも全体のバランスを考える。
②プロポーションを納得してから細部を決める彫りを入れる。私の場合、頭と顔は最後に彫る。
全体が決まって、頭部の傾きを決定する。
③ここでペーパーで磨きに入りたいところであるが、小刀で磨き彫りをする。古典の名品を見ると解る。
仕上げたい気持ちを抑え、僅かな小刀キズや面の歪みを訂正していくと、
より細部の彫り不足を発見し気になってくる。この作業に面白さを感じてくると、時間は度外視され、
より良き完成のみが作家の期待となる。目に止まる他作品を見ると、作家が如何に己の作品を愛し、
「良くなれョ」と小刀を走らせたかを感じるのは、この作業から出るのでは?
又、これは古典に見られる「根付らしさ」につながるのでは、と思われる。
面白さに夢中になっていながら「落とし穴」に気をつける。「やり過ぎ」である。余計な細部を彫り過ぎ、
全体を壊すことも心すべきことだ。

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百回話ではあるが、雅俊先生唯一の教えの言葉、「納得するまでやることデスョ」を
座右の銘にして、修業心を持って今日に至るが、「お前の才能はこのくらい?」と
言われている様で・・・。居直るしかないが・・・五月病は恐い。

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(現在取組中の作品)



  1. 2019/05/11(土) 15:02:44|
  2. 齋藤美洲(埼玉)
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